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【作品名】㉓地殻‐COCOON.Ⅲ
岡本 敦生(ATSUO OKAMOTO)
広島県生まれ
1951-
【作品に関して】
最近いつも海のことを考えている。
無数の命と生の記憶とを孕んだ、潮汐のゆったりとしたうねりの中に、精神は限りなく吸い込まれて行って、
地球という星の温かい羊水の中で目覚めることを思い続けている。
このところ私が作ろうとしている石の形にも海への憧れが色濃く現れていて、命を孕む殻のような形、地殻に蓄積されたエロスを引き出したいと思い続けている。それは 私自身のコクーンでもある。
【制作】’98米子彫刻シンポジウム
【会期】1996年7月18日~8月30日
【米子彫刻シンポジウムの写真】
机の左隅に一ヵ月半山積みにされていた写真の整理を始めたところである。今年の夏に米子でバシバシ撮って来た写真なのだ。カメラ片手に撮るときは楽しいのだが、実は事後処理が大変なのである。撮るときも真剣で、最後までちゃんと責任を持つのが大人だとすれば、私はいつまでたっても小僧の域を出ない。そこいら辺りを、自分は彫刻家だからと安易に解決しているからいつまでたってもプロの大人になれないのである。
余談はさておいて、積み上げられた写真袋の中を一枚一枚チェックしていく。オオーいきなり大井さんが笑いながら画面からはみ出て来た。本池さんたちの晩餐会の写真である。被写体が大きいと、写真ではもっとでかく写るものなのだ。籔さんがテントの下でお椀と茶碗を持ち上げて立っている。側にはゆかたを着た奥さんが同じ格好で立っていて、周りを囲む人達は笑いながら手拍子を取っている。
これを米子彫刻シンポジウムでは究極の籔化現象と呼ぶのだが、実は聖者の行進を歌っているのだ。山田さんはチャップリンに似ている。いやアンディーウォーホール、本当はジャン=フランソワ・ドゥムールさんと同一人物なのだが、側で花子さんのゆかた姿にポカーンと見とれている。鈴木さんの家に行ったときの写真だ。ジェシーと作人がテントの下でタオルを頭に巻いてスパゲッティーをほおばる。二人は背が高くて、いい男で、純真で、よく食べて、よく働いた将来有望な若いアシスタント達なのだ。
友松さんのバミューダパンツにTシャツ、はすに被った野球帽姿はどう見ても永遠のわんぱく坊主である。舩越さんは野球の球審のような人で写真を見ているだけで何を言っているのか分かる。祖田さんはバシッと引き締まって、足立さんはホンワリと優しく写っている。私と同じ歳には見えない本池さん、いつも真面目な藤田さん、お酒を飲むと顔には出ないが作動に出てしまって楽しい今さん、頭の比率が強調されて写っている井田さん、照れ屋中さん、いつも静かな岩坂さん、カメラ大人を目指す大森さん、みんなみんな写っているのだ。
こうしてチェックしていくとメインであるはずの彫刻に取り組んでいる写真が少ない。決して不真面目に一ヵ月半を過ごした訳じゃなくて、日中は彫刻に没頭しているから写真を撮ろうなんて考えもしなかったのだ。この事実が、シンポジウム期間中いかに真剣に作品に取り組んだかを忠実に物語っている。写真の整理も最後のほうになって、設置した作品の前でみんなで一緒に撮った記念写真が出て来た。みんな、みんないい顔をしていて、みんな私の心のアルバムに、そっとインプットする。机の左端にあった写真の山は、机の右端に移って、また山になってしまった。
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