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執筆者の写真ネギタ

#27 光

近田 裕喜 1967-   島根県安来市生まれ

2004年制作


【市民から見た作品】

この作品ではタイトルの「光」をお伝えした上で、「光と聞いて連想するイメージ」を皆様にお伺いした。

複数でた意見としては「太陽」というものがあり、やはり地球に対して光をもたらす太陽の存在を改めて感じた。一方で「逆光の写真」という回答もあり、光はイメージによらずマイナスな意見もあるのかと学んだ。

違った路線では「未来への希望」という意見があった。私自身は光と聞くとこのイメージがある。また恐らく作品の写真を見た上で、「目」「土偶」と回答くださる方もいた。

個人的には光と聞くとやはりプラスなイメージを持っていたが、そうではないということが分かったので、この彫刻作品への見方も千差万別であろう。


【移住者・CAから見た作品】

土台に支えられたエンジ色の作品部分。あまり観たことないような形、模様をしている。ラグビーボールのような楕円形に英語のXのような切れ込みが入っている。その見た目はトンボの目のようにも見える。実際にはトンボは複眼なのでこの目が無数に分かれているイメージだろうが。

一つ気になるのが作品のバランスである。作品上部のエンジ色の部分がかなり目立つような気がしている。土台が細いのに対して、上はかなりボリューム感がある。適当な事は言えないが、土台に比べて作品上部の方が重いようにみえる。どちらかと言うと重心が高めである。改めてこれまでの作品を振り返ってみたが、このようにトップに重みがある作品はそこまで多くはなかった。そもそも土台がある作品が多いわけではないのだが、トップが重いことによってよりメッセージ性を感じるのは私だけであろうか。

大事なのはどんなメッセージなのかであろうが、これに関しては「強」が私の頭の中に浮かんできたものだ。彫刻作品を見て浮かぶメッセージはこれまでも決して正解してきたわけではないが、当てることが目的でないことも事実である。光沢があることも関係しているかもしれないが、何かいつか爆発してしまうかもしれないと言う強さを感じてしまう。もちろん実際のメッセージは作者の想いを見て、感じられればと思うが、このように重心という新たな観点に気付かせてくれた作品ということで、私にとっても印象の強い作品であった。(佐々木)


【作者の作品に関する想い】私たちにとって、「変わって行く」ということは、あるときは望んだり、またあるときは望まなかったりと、感慨深く刺激的で興味のあることです。「光」は、石の内側から外に向かって、<迫り出す力〉また均衡を〈保とうとする力〉との、ゆっくりとしたせめぎ合い、その中から「どうなっちゃうんだろう?」、「何か違う物になるんだろうか?」という「不安」と「期待」。いろいろな可能性を込めた作品にしたいと思いました。これから先、私たちの価値観も変わり、また観る人もそれぞれの感じ方、観方が異なります。それぞれの時代のそれぞれの人の感じ方、観方をしていただければと思い、題名を〈未来の希望の光〉という意味で「光」としました。


【編集後記】

「光」というタイトルには〈未来の希望の光〉という意味が含まれていた。未来とは必ずしも希望があるものではないと思うが、この作品はそのような状況を表現しながらも、希望を感じさせるという点が秀逸であると感じた。

作者は「不安」と「期待」と表現したが、彫刻で「不安」を表現することはなかなか難しかったと思う。ただ私自身が感じ取った思いとして、〈何かいつか爆発してしまうかもしれないと言う強さ〉というものがあったが、これは見方を変えると「不安」ではないだろうか?

私は米子へ来て「変わって行く」ことを望み、そうなったと感じるが、この作品を見て改めて背中を押されたと感じた。(佐々木)



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